竹皮値下げの闘い

 江戸時代、岡山藩の身分差別強化に反対して53村の被差別部落の民衆が立ち上がった「渋染一揆」※(1856年)は、教科書にも記載されてよく知られているが、大阪府内の被差別部落の人々の闘いはあまり知られていない。

 ※別段御触書で被差別部落民に対して渋染・藍染以外の着物や紋付の着物を着たり、傘や下駄の使用を禁じ、道で百姓に出会った時は裸足になってお辞儀をするように命じたことに反対した闘い。

 竹皮値下げの闘いは、江戸末期の1850年(嘉永3年)、摂津・河内・和泉の被差別部落17村の民衆が生業の一つであった雪駄表の材料である竹皮の値上がりに反対し、竹皮問屋に値下げを約束させたという闘いである。(大阪府和泉市奥田家文書第4、12巻)

 府内の被差別部落の人々は互いに連絡を取りあい協議を重ね、竹皮問屋に理路整然と掛け合い、竹皮値下げの「勝利」をしている。被差別部落の人々は、「差別」と「貧困」の中で喘いでいるだけでなく、自らの生活を守るために立ち上がった史実を学ぶことは、被差別部落の人々への「負の印象」を払拭する重要な人権学習である。

 近年の研究によって江戸期における被差別部落の「人口増」を支えた経済力や食肉に関する豊かな文化や医学、芸能など、近代社会の礎を築いたことが明らかになっている。